都市は地方に支えられ

  議員定数の是正、一票の格差の違法性等が話題となっている。理論的な背景は人口に比例した民主主義がもととなっているのだろう。その理論自体をとやかく言うつもりはないが、1対1の平等には決してなりえないわけであり、変えたくない本音と裁判所判決の調整が延々と時間とコストを費やして続くことだろう。

 都市と地方の関係については、一票の格差の問題よりも大前提として、より本質に迫った掘り下げを行い、広い視野で考察する必要がありそうに思われる。

 

 都市が発展する原動力とは何だろう。それは吸い上げる力だろうと思う。情報を発信する力と相関しながら強化され続ける吸引力だ。

 古来から都市は地方から様々なものを吸い上げて発展してきた。野菜、穀類、魚肉等の食料、木材、石材、各種鉱物、資本、そして最も吸い上げ続けてきたものは人口、人財である。私もまた吸い上げられ(自分から上京したのだが)た人財(程度は低いが)の一人だ。

 かつて高度成長期頃までは、都市に必要な資材は国内からの供給に価格合理性があり、また地方に子供が豊富であったこともあって、充分に地方から供給されてきた。

 しかし時が過ぎ、上京した地方出身者はそのまま終生都市にとどまり、地方へは戻らない。また、二世(一部は三世)はそもそも地方への意識は希薄となる。その結果、地方は、少子高齢化、人口減少が進み、都市部への資材、資源、人財供給という本来的な機能を失ってきた。たとえるなら、以前の都市はすそ野の広い地方という安定度の高い地盤(根)に建つ高層ビルのようなものであったが、今日の都市は、やせ細りタイトになった地盤(根)に不安定に建つ高層ビル群のようなものだ。その対処として都市部が今向いている先は地方にかわる国外からの吸い上げである。食料、資源、資本、人財までも海外から吸い上げ、より巨大化することにのみ躍起になっているが、それは本質的な解決にはならない。より吸い上げ力の強い海外の都市が誕生すれば、日本の都市は弱体化するからだ。また、それらの動きはさらに日本の地方を疲弊させ、ますます不安定な土台の上で国際的な目まぐるしい環境の変化に大きく揺さぶられることになる。国際化は黙っていても進むものであり、国際化に取り組むことを全否定するつもりは全く無い。しかし、国際化が全ての重要な課題を解決してくれるわけではない。国家や中枢都市のセキュリティーの観点からみれば都市の基盤である地方の再生強化は必須急務といえよう。

 

  数年前よりようやく、地方創成の掛け声の下、地方への視点が話題になる機会が増えてはいるが、まだ本質的な地方と都市の関係についての考察が私には見えない。

  東京都知事、大阪府知事等、大都市の過去の首長選における候補者の中にも、都市の発展の為に地方の発展に取り組むという主張は聞かれない。

 

 現在政府が最重点の1つとして力を投入している観光事業の拡充はもとより、都市部の官庁、教育、研究機関、企業の地方移転等、従来からのプランに加えて、都市と地方の人的なつながり、意識の強化、例えば「地方出身者に地元参政権(出身地の選挙に0・5票の権限で参加できる)を与える」「出身地への旅行費用の税額控除」「祭りボランティア単位(ポイント)制度」等など、政府のみならず様々な自治体や機関が参加して、都市住人と地方をつなぐプランを子供から高齢者まで考え参加する文化が浸透すればよいと考える。

 都市への地方からの供給力が復活したときには、少子化、人口減少、高齢化、過疎化、農林漁業の諸問題、の解決糸口も見えてきていることだろう。

 

 「百年目」という落語に、栴檀(せんだん)と南縁草(なんえんそう)の話が出てくる。栴檀は立派な木である。その栴檀の下草に南縁草という草が生えている。あるとき南縁草が邪魔だということで刈ってしまったところ、その結果栴檀自体も枯れてしまったという話だ。都市と地方の関係を見事に言いえたような話だ。地方が衰退すると地方の供給力に支えられた都市も枯れてしまうという。なるほど。

 改めて、『都市は地方に支えられ』

 

2016.2