覚悟(格好良い死に方党)

 人生を格好よくクロージングするためには、覚悟が必要だ。

 少子高齢化、複合的災害、財政破綻等々現在は多くの社会問題が複雑に絡み合う時代だ。様々な対処療法的課題解決策が行われているが、根本的な課題解決には、タブーと思われて触れられないが高齢者(私もすぐそこだ)の覚悟が必要だ。

 

 人は生まれ、物心がつき、数十年間は何事も自ら決断しそして行動をする。しかし、悲しいかな人生は意図通りには進まない。晩年末期になると決断と実行を他人(特に肉親、そして一般的には自分より若い世代)にゆだねることになる。人間の末期は千差万別だ、そして人間が本来保有する優しさ、宗教的な感情から考えると肉親の最後についての決断を白紙の状態で迫ることはとても酷なことだ。そしてそれはまま本人にとっては「望まない末期」家族にとっては「大きな犠牲を伴う物心両面の負担」を産むこととなる。

 私は「このような時には私の人生を苦しまないで閉じて欲しい。」という覚悟を明確に残し、覚悟に沿った他人の実行が合法化される時代がくる事を望む。

 それは国家財政、若者の人生設計の観点からも、私は必要なことだろうと思う。

 と言うと、「国家財政と人の命を天秤にかけるのか」「病気と闘って懸命に生きようとしている人に失礼で不謹慎だ」とおしかりを受けそうだが、そうではない。

 また、昔の「楢山節考」のような暗い話では無い。

 

 高齢者は健康に努力し、好奇心を旺盛にもって、積極的に行動して若い人の見本となって人生を全うしてほしい。そして、人生のクロージングは自ら選び、最後まで社会の為に、若い世代の為に役に立つ形で閉幕する、なんと格好良い死に方だろう。

若い人々が自分たちの世代を考える時に誰が作ってくれたのかを強く意識することとなると思う。

 

 もしも「高齢者の最後の社会貢献の権利獲得」を党是とした「格好良い死に方党」が立党され国政に参加するようであれば若者の関心も高まるのではないか。

 

 私の場合は以下の3ケースにおける様々な状況での希望対応を、時間をかけて組み立てておきたい。

①災害時(高齢者の救出の為若い人々が落命せざるを得ない事態)

②認知症が進み自己の意思で思考、行動が不可能で改善見込みの無い状態

③重大な事故、思い病気等で回復見込みの無い寝たきり状態

 

 最後まで、健康を大切にして、好奇心を切らさず、元気に行動して、人生を楽しみお金を使うことと、最後は自分の意思で幕を引く。格好良く幕を閉じることだろう。

 

2016.4